真・こーへーの一蹴入魂

こーへーの生き様を記録していくだけのブログです。

東日本大震災

3/11の金曜日にそれは起こった。

当時、私は客先にて仕事中。会社の人と話しているときにフロアがゆれた。
そのときは、いつものように震度3,4くらいで終わるだろうと気楽な感じで構えていた。心のどこかで油断が生じていたのかもしれない。地震は勢いが弱くなるどころか、激しく強くなっていった。そのまま立っていられるか、いられないかというくらいの強さになって、ようやく危機感が出てきたのを今でも覚えている。


いったん揺れがおさまったところで、避難してくださいとの放送が流れた。避難訓練ではない本当の避難だった。避難してからはTwitterやワンセグなどで情報収集をした。震度はいくつだったのか。震源地はどこなのか。
そして、自分が目にしたのは、自分が想像だにしていなかった「光景」だった。


震源地は東北地方太平洋沖。岩手や仙台は巨大な地震が引き起こした津波の被害にあった。
家は波にのまれ、町は壊滅。写真越しに今回の地震の大きさを知って身震いした。


そして避難して外にいるときに、また大きな揺れを感じた。
今度は茨城の方だった。


取り急ぎ家族にメールを送ったが、すぐに返ってきたのは東京に住んでいる弟からの「大丈夫だよ」という返信のみ。
両親からはなかなか返信が返ってこなかった。


その日は定時で切り上げ、自社の人たちと食事をした。
ベトナムからはるばるやってきて、一ヶ月も経たないうちにこの大震災を経験したのは結構きつかっただろうなと思う。
この日はその彼の歓迎会ということもあった。その日彼は日本の酒に見事におぼれつぶれてしまったが…w
その彼を他のベトナム人と一緒に家まで連れてくところで、母親から連絡が入った。とりあえず無事だけど、停電、断水になったとのこと。父親はこの震災の対策の会議で家に帰れなくなったとのこと。とりあえず無事でよかった。と連絡を返し、地震により帰る手段がなくなった上司、後輩、先輩を車に乗せ出発。


11時に出発して、帰ってきたのはAM3時。
いろいろなハプニングがあって(?)、まぁテンションはあがってた。でも次の日からの報道で、この変なテンションは急激に落ちていった。
あまりにもひどすぎる現実が待っていた。どれくらいの被害が出たのかというのがいやというほどテレビから流れてた。
Twitterでも地震による被害状況が流れて、強いショックを受けた。


今回の地震は、いろいろと考えさせられる一大事件だった。(うまくまとまらない…。)